いきなりの宗教批判がはじまるのだけれど、どうもキリスト教はというか宗教全般はきらいかなー。(いつもサイト上に宗教の、思想のことを書くときはみんな一言断ってから書いているような気がするが、どうもまそれは間違っていると思える。自分の考えを言うのになんで断る必要があるんだ?って、くそだれも見てないからいえるだけか)よく言われることだけど信じないものは救わないっていうところがけちくさいんだよね。まったく。地獄に落ちるって?じゃあ、キリスト教の存在を知らないで育って死んで行く人はみんな地獄行きですか?あぁん?ってな具合。だいたい神なんだから信じたら助けてあげるよ、っていうキャッチアンドリリース、じゃなくてギブアンドテイクな関係はありえないし。こんな矛盾がでてきちゃうし、それならば自分で適当な信仰をつくってしまえばいいのだ、ということになり自分の中で最強の神を作り出すわけです。(まあ、神って表現がもうすこし既存の宗教に流されているんだけど)俺の最強の神はとにかくこのひとつに尽きる!信じなくても知らなくてもいい!これは宗教史上最強でしょう、この時点で。信じなくても見守っていてくれるのです。こんなにやさしい神はいませんよ?もう誰でも救うね。わけへだてしないし、分別なしです。いつもは忘れていて、苦しいときにだけ「神様!」って言うような身勝手な人でもオッケー。お得な神です。これはとてもいいと思うのですけれどどうでしょう?宗教戦争?起きません。寺院?いりません。戒律?ありません。どうでしょう?

ただ問題なのが、戒律も信仰もないとなるとこれは宗教になりえるのかな?ってこと。宗教の一番の目的は、戒律を信仰を守ることによって救いを得る、まさに精神的ギブアンドテイクにあるのだから、そこを否定してなりたっているこの神さんはだめだ!宗教じゃねぇ!それでも俺はこの考えを推し進めるけどね。男だったらめっちゃかわいい女神を、女だったらめっちゃかっこいい男神を(そういや男神ってあんま聞かない)設定して、崇拝すれば偶像崇拝の幸福だけは得られるかもしれないですよ。あーそれを秋葉系はアニメ、漫画、エロゲーに出てくる美少女キャラなどに求めるいるのか!これは、これは、思わぬところから思わぬ結論へ。いわく、秋葉系の神は平面の美少女。一応のまとまりを見せてここでおしまい。また来週。(ぐだぐだと長いなぁ)

酔ってるとながいなあ