おっぱいさん

「あなた方に足りないもの・・・それは、おっぱいだ!!」
自らをおっぱいCEO、おっぱいオブザーバー、おっぱいマネージャーなどなどと名乗るその男がわが社に来るなりそう言い放ったのは1年前のことだった。ずいぶん昔のことに思えるが、こう詳しく数えてみるとそんなに経っていないことに驚かされる。生活ががらりと変わって新しいことにもまれる濃い密度の中で生きてきたので、そう感じるのだろう。
わが社は台所で使うようなスポンジを製造・販売する会社を経営している。あの片面がふわふわ、片面がごわごわの見慣れたスポンジだ。どのようなものにだってそれを作る会社があり、工場があるのである。わが社は全国に何個か工場を持つまでには成長したが、なかなかどうして頭打ちの産業だったので、生産量は減りこそすれ増えることはなかった。安定した供給は望めるが、飛躍的な儲けもないのだ。そのような状況なので経営面での心配をすることはなかったのだが、ただ過ぎていく日々に少し飽き飽きしてきたこともあって、ある知人の紹介から、あの男を呼んだのだ。数多の会社の悩みを解決して回っているという評判の男を。
「おっぱいCEO、おっぱいシステムエンジニア、おっぱいオンデマンド、おっぱいアドバイザー、もうおっぱいが付けばなんと呼んでくれてもけっこうだ。」
その男は僕らに足りないものを自信満々に言い放った後、自己紹介をした。さすがにそれくらいの社会常識は持ち合わせてはいるらしいのだが、いかんせん自己紹介におっぱいという単語が5回も出てくるっていうのは、尋常ではない。普通に生きてれば1年で20回くらいしか言わない人もいるだろうなか、目の前のこの男は合うなり5回も言い放つのだ。1年の4分の1、3か月分のおっぱいをこの男は数秒で言う。
「・・・わ、わかりました。じゃあ、ここではおっぱいさんでいいんですね?」
その男は満足そうに微笑む。
「もちろん。察しがいいね。余計なものが付かない分、こちらとしてもうれしい。そう、僕はおっぱいさんだ。」
もはや社会人のものの言いようではない。ただのおっぱいバカにしか見えなくなってきたが、それでも、知人の紹介と言うしがらみと世間の評判からなんとか普通に受け答えることにした。
「はい・・・で、ぼくらに足りないものもやはりおっぱいということなんですが、それはいったいどういう・・・」
「気が付かないのかね?」
「はい・・・そもそもスポンジにおっぱいという発想がまったく理解できかねます。」
まさか台所用品におっぱいはないだろう。思いつくほうが頭がおかしいのだ。頭がおっぱいなのだ。そんなことを僕が考えながらいうと、目の前に立っている頭がおっぱいの男は心底驚いたようだった。
「そうか・・・スポンジを扱っていながら、ここに気が付かないとは・・・やはり固定観念というものは恐ろしい・・・こんなにもヒントは転がっているのに・・・」
「・・・。で、どのような・・・」
「動作にある。」
「へっ?」
「台所でスポンジを使う状況、洗い物をする状況を考えてみたまえ。それで、すべてが解決するのだ。ほら、やってみなさい。おかあさ〜ん!!ごちそうさま〜!!」
「え、えっ!?な・・」
一瞬、分けが分からなくなった。変な人が変なことをするのは当たり前の話なのだが、「さらにぶっ壊れてしまったのかどうかを判断しかねる」というのも本当のところなので、つき合わされるほうはとても疲れるものだ。
「わぁ〜今日は元気が出るテレビだ!!おもしろ〜い!!」
「(役に入っているのか・・・子供の役に。それにしても、子供まで出してこなくてもいいし、TV番組古すぎだし。TV見てるだけなら邪魔なだけだよなぁ。まぁ仕方ない。乗っておこう。)ほら、食べたらはやくお風呂入っちゃいなさい。」
「はぁ〜い!」
「(のりのりだなぁ)はぁ〜油物が多くて嫌になっちゃうん。」
しかたない。スポンジを使っての洗い物をしようか。まず、スポンジを湿らせて、合成洗剤をたらして、あわだてt

!?(マガジン的表現)

「こ、これは!!!」
「気が付いたかい?」
「ええ・・・これは・・・行けますね。」
やっと分かったのだ。おっぱいスポンジの概念がどこにあるかが。どこでおっぱいとスポンジはつながっていたのかというと・・・
もむ。
その一点だったのだ。洗剤をたらした後に、あわ立てるために何回かもむ。ここにおっぱいとスポンジをつなぐ一本のワームホールが形成されるのだ。
「そう。その通り。もむ。そこに集約されるのだ。しかしさらに言えば、洗剤というのはとろみが付いている。スポンジをおっぱいとするなら、洗剤は・・・言わずもがなだろう。それを垂らし、もみこむのだよ?なぜここに君が今まで気が付いていなかったか、僕には信じがたかったのだ。さあ!!早くデザインを考え、ラインに乗せろ!!もう僕に言えるのはそれだけだ。」


そうして、わが社は新商品「スポンジおっぱい」を発売し、日本第一位のスポンジ会社になったのだ。独身男性にバカ売れに売れて、今では世界でも「Titponge」として大人気商品になりつつある。世界中の台所で泡立ったおっぱいが活躍してると思うと、思わず笑みがこぼれると言うものだ。
その後の彼の消息は聞かない。が、しかし、彼はまたどこかで人を救っていると確信している。そのおっぱいに特化した知恵と希望を両手に抱えて。おっぱいを再発見し続ける男。おっぱいさん。僕は彼を忘れない。